人気シャンデリア作家がお金を使わない理由
Interviewee
キム・ソンへ
Profile
シャンデリア作家 1982年生まれ。
ファッションの専門学校を卒業した後、作家活動を始める。2005年、セレクトショップ「LOVELESS」に展示したシャンデリア作品が注目を集めたことを契機にシャンデリア作家として独立。
国内外の企業やブランドへの作品提供、空間ディスプレイ、プロダクトデザインを手掛ける。3児の母。
インタビュアー・吉村 知子 取材・文/羽田朋美(Neem Tree) 撮影/矢部ひとみ
今回のゲストは、シャンデリア作家として活躍するキム・ソンへさんです。おもちゃや人形など、 かつて人びとから大切にされていたものに再び命を吹き込み、新たに光を灯した作品は、国内外から注目を集めています。
年に数回個展を開催し、精力的に制作を続けているソンへさんの口から飛び出したのは、「お金はなるべく使わないようにしている」という言葉。
その真意は、作品に対する強い思いにありました。一人の人間としても、アーティストとしても、まっすぐで嘘いつわりのないソンへさんのお話は、お金と向き合う以前に大切なことを教えてくれたように感じます。
“いらないものを増やしたくない”という思いが 作品づくりの原点
税理士・吉村知子(以下、吉村)
シャンデリア作家としてご活躍されていますが、どのような経緯でこのお仕事に就かれたのでしょうか。
キム・ソンへさん(以下、ソンへさん)
私は在日朝鮮人の三世として東京で生まれ、18歳まで朝鮮学校に通いました。絵を描くことが好きだったので、その後、服飾のデザイナーを目指したのですが、だんだん世界観を作ることのほうがおもしろくなっていきました。
もともと人形が好きで家にいっぱいあったことや、一時期手伝っていた内装の仕事の中でインスピレーションを受けたこともあって、人形をくっつけたシャンデリアを作ってみようと思ったことが始まりです。
それで、一番最初の作品でセレクトショップ のLOVELESSのウィンドウを飾らせてもらったんです。
ちょうどLOVELESSが世界中から注目されているタイミングと重なって。超ラッキーでした。
吉村
そこから16年間、活動を続けていらっしゃるのですね。
そして今日はアトリエにお邪魔させていただいて、本当にありがとうございます。
早速ですが、日常的にお金とどう向き合っているかを教えていただけますか。
ソンへさん
お金はなるべく使わないようにしています。
ここ最近は特に、洋服とか雑貨とか、これ以上、いらないものを増やしたくないという気持ちが強いです。買うからどんどん量産されて、その結果いらないものも増えていくわけなので、そこだけは心がけたいなと。
吉村
もともとお金はあまり使わないですか?
ソンへさん
そうですね。でも、コロナ前までは、飲み代がハンパなかったです。人と会う機会も多くて、週の何回かは外食していましたね。
自粛期間中に飲みに行かないことに慣れて、そこからはなるべく家でご飯を食べるようになりました。
海外に行く機会もなくなってしまい、大きなお金を使わなくなったので運用を考えたんですけれど、わけがわからないので、とりあえずNISAを始めまし た。
吉村
NISA、いいですね。
“これ以上ものを増やしたくないからお金を使わない”という価値観は、かつて大切にされていたものに命を吹き込んでいるソンへさんの作品とリンクしますね。
ソンへさん
そうですね。創作活動の中で、ものを長く使うっていうポリシーはずっと持っています。
だから “必要のないものはない”ということをテーマに作品をつくってきました。
私の場合、どんなものでもシャンデリアの素材になるし、それこそ首が取れちゃった人形とかも全然使えるので。
売り上げは自分のものではなく、 次の作品のための大切な資金
吉村
どんなものでもシャンデリアの素材になるのは素晴らしいですね。
ソンへさん
ただ、ひとつ悩んでいることがあって。材料費がそうたくさんはかかっていないから、顧問税理
士さんは大変だって言っています。
作品は結構高価なものじゃないですか。でも支出は少ないので、その分の所得税と消費税がかかる。だからアトリエを借りたのは、税金対策という部分も大きいんです。
私はお金を使うことに抵抗があるから、節税と言われると何だかモヤモヤしますね。贅沢しているんじゃないか……みたいな変な気持ちになっちゃったり。税金は減ったとしても、結局お金を使ってるじゃん!みたい感覚だし。よくわからないです。
吉村
税金を減らす行為って、基本的には経費としてお金を使うから税金自体の支払い額は減るのです
が、手元のお金も減っているってことになりますよね。
本当にお金を残したかったら、税金を払った方が実は手元に残ったりするんです。だから、経費は無理して使わなくてもいいかも。
ソンへさん
そう言っていただけて、気が楽になりました。
作品が売れても、売り上げは自分のものっていう感覚はなくて、次の作品をつくるための資金だ
という意識が強いです。
贅沢することによって作品がつくれなくなったときのほうが怖い。だからなるべく資金を残しておいて、先々の作品にしっかりと打ち込めるようにしておきたいと思っています。
自営なので、いつ何があるかわからないじゃないですか。高価な素材を使いたくなるかもしれないですし、海外に出展するとなったら、送料も大きいですし。
吉村
めちゃめちゃ備えていますね!
ソンへさん
備えています。ビビりなんですよ。友達からも、“使わないと入ってこないよ”って言われるくら
い。その感覚もわかるんですけれど。
吉村
でも、今どうですか? 心地いいですか?
ソンへさん
そうですね。自分にとって、ちょうどいい塩梅だと思っています。作品に関しても、常につくらせてもらっているっていう感覚があるので、やっぱり仕事をいただけている以上は、作品でしっかり貢献できるようにしたい。
そのために資金をプールしておくことは、私にとってすごく重要なことです。
満たされていると 欲しいものはなくなるのかもしれない
吉村
ここまでお話を伺って、ソンへさんはお金に関してすごくしっかりしているなと感じました。
それと、とても心が満たされているのかなって。満たされているから、欲しいものがどんどんなくなっているんじゃないかと思いました。
ソンへさん
満たされている……かな? どうでしょう(笑)
創作活動に関しては、コンプレックスばっかりだし。例えば、知り合いのアーティストさんの展示がすごくうまくいったりすると、私はまだまだなって自分にダメ出しして、ちょっと落ち込んだり。そういう意味では、全然満たされていない。
かと言って、ものを買って満たされるわけでもなく、仕事で成功して認めてもらえることが、私の中で一番テンションが上がる部分ですね。
吉村
その話、めちゃめちゃわかります。私も最近、ものを買わなくなったんですけれど、以前は開業して軌道に乗ったからと、服をばんばん買っていた時代がありました。
ソンへさん
でも、税理士さんは服装もちゃんとしていたほうがよかったりしますよね。
吉村
それもそうなんですけれど、体は一つだから、そんなに買ってどこに着ていくの?って(笑)
それで、最近になってようやくこんなにいらないなって思って、結局買うことでは満たされないことに気づいたんですよ。
……あ! ソンへさんはもしかしたら、作品の前身である、ここにあるものたちに満たされているのかもしれませんね。
ソンへさん
確かに……これだけありますものね。この人たちに満たしてもらっているんだ。へぇー、なるほどね。
吉村
捨てられるはずだったものに命を吹き込んでいることもすごいけれど、制作の過程で自分自身も満たされているって、本当にすごいですよね。
ソンへさん
本当だ。作品との関係性は、すごくありがたいですね。
純粋な気持ちで作品をつくることが 自然とお金を生む第一歩
吉村
アーティストとして作品づくりに豊かな心持ちで臨み、お金の心配からも解放されて、より満たされて生きるために必要なことはなんだと思いますか?
ソンへさん
人とのつながりは、すごく大切だと思っています。コロナ禍では、あまり人に会えなくなってしまいました。
今思うと、アーティストとして結構きつかったなって感じます。やっぱり、人との会話の中で感じるいろいろな思いが、創作にも影響を与えていたんだなって。今はまた会えるようになって、そのありがたみを感じています。
吉村
人との関わりは大事ですよね。
ソンへさん
本当にそう思います。
関わってくれた人ともWin-Winの関係性を築けるようにしたいですし。それと、スピっぽい話になっちゃうんですけれど、ありがとうの気持ちを大事にすれば、また仕事が来て、お金も入ってきて……っていう循環が生まれると思うんです。
本当に純粋な気持ちで作品をつくって、それをよろこんでくれる人がいるっていう関係性が合致すれば、たぶん自然とお金も生まれると感じます。
自分だけ儲けようとか、野心が大きすぎるとか、欲のバランスがおかしくなっている人は、だんだんダメになっていくんじゃないかな。
吉村
ありがとうございます。
最後に、ソンへさんにとってのソーシャルグッドな活動ってどんなことなのかを教えていただけますか。今、ギャラリーをつくる準備を進めているのですが、そのギャラリーの名前を「ソーシャルグッドギャラリー」にしようと思っているんです。
ソンへさん
ソーシャルグッドギャラリー、いいですね。
私にとってのソーシャルグッドな活動……そうですね。私の作品の素材である人形やぬいぐるみ
たちは、見た目はもとより、生産国も素材もさまざまです。
人間にたとえるなら、国籍も宗教も信条も違う人たちが集まっているようなもの。異なるものを一つにして光を灯すことで、みんながハッピーになれる……ということをテーマに作品をつくっているので、見てくれた人がそういう思いをちょっとでも感じてくれて、周りの人に寛大になったり、許せる心みたいなのを持ったりしてくれたらいいなと思っています。
そして、“持っているものを大事に使おう”って思ってもらえれば、社会もやさしくなって、捨てられるものも減って……そんなふうになったらいいなと思っています。
吉村
作品への思いや人への思い……ソンへさんの大切にしている“思い”が聞けてうれしかったです。そして、ソンへさんのお金の価値観は、作品づくりと密接なつながりがあることもわかりました。
アーティストとしての真髄に迫る今回のインタビュー。とても有意義でした。
ソンへさん、ありがとうございました。
“正解のない”クリエイティブなことと、それを支える“正解がある”お金のこと。クリエイターが豊かな生活を送るには、どちらも大事な要素です。
そこで、「お金との関係」について、現役で活躍するクリエイターのみなさんにインタビュー。
日常のお金との向き合い方や価値観をはじめ、 創作活動を続けるためのお金の考え方について幅広くお聞きします。